December 13, 2004

『エレファント』

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驚いた。

ガス・ヴァン・サントの手持ちのカメラは酔うように、流麗に、ただ淡々と被写体を追う。カット割りは極端に少なく(ワンシーン・ワンカットどころではない)、シーンなんて呼べるものはほとんどない。数年前にアメリカであったコロンバイン高校銃乱射事件を下敷きにしているが、その事実の暗さも凄惨さもここにはない。主人公たち一人ひとりの心のゆらぎ、高校生活でのひりひりとした日常。いろんなものがどこかで今にもぱちん、と弾けてしまいそうな空気。
でも一切は説明されず、ガスはただ淡々と主人公たちの背中を追うのみ。不自然なほど窮屈なスタンダードサイズのレンズからはみ出る被写体は「高校生」という状況の不安定さを伝える。確かなものはなにもない。そんな幻想の崩壊は誰も気づかないところからいつでも、既に、始まっている。

グランドでタッチフットをしていた生徒達の群れの中からネイサン(LIFE GUARDの赤いパーカーの男の子)が出てきてそこから校舎までただ歩いてゆき、中に入ってゆくシーンに延々と流れ続けるベートーベンの『月光』。おそらくそのモチーフを「高校生」に被せているのだろう、冷たくさえざえと、基調低音のように静かにそれは響き、その余韻はラストシーン近く、最後に殺人者となるアレックスが自宅の地下室で『エリーゼのために』(アドリブ!)を奏でるときまで続く。

幾重にも交錯する同一の時間を異なるアングルとスピードでとらえるザッピングの手法は例えばアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの『21g』を思い出させもするが、ある意味不遜さと無垢さを併せ持つ高校生を描く分だけ危うさが剃刀のようにしんと凍みとおって美しい。
ガスは最初からそれを計算している。

驚いた。

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