July 29, 2005

奥山貴宏、疾走感。

『バニシング・ポイント』
ネット上でこの作品が紹介されていたのを1度見たきりで、特に印象に残るようなものはなかったのだけど、読書傾向がかなり偏っている(というかワケわからん)ウチの相方が珍しく読みたいと訴えていたものだから買って読んでみることにした。そんな経緯でもなかったら文庫本になっても読むことのないタイプの一冊かなと思っていたのだけど。

全体を通してサブカル的なテイストが淀みなく流れてスノビッシュな匂いがぷんぷんしているとはいえ、『31歳ガン漂流』(もちろん未読)という作品を先に出すくらい自分の病気のことを徹底して調べて正面から向き合う様には刹那的な美しささえ感じられる。余命2年と宣告されて、その2年をどう生きるか考え抜き、それを実践しつつ病気とつき合っていく者の気概といったものが基調低音になっている。

が、はっきり言ってしまえば、奥山は表現者として「死にゆく者の特権」を鮮やかなまでに行使しているともいえる。近いうちに死ぬと宣告された者だけが持つ疾走感とそのめくるめく表現がここにはある。それはたまたま先月に再読した高野悦子(鉄道自殺)の『二十歳の原点』にも通じているように思う。「クラブ、ドラッグ、バイク」と「ジャズ、学生運動、ワンゲル」という生きた時代の違いはあるとはいえ、その表層を二人とも思うがままに滑降していったことは確かだ。ある覚悟を決めて、時代の表層を駆け抜けたのだ。

あたりまえだけど、死を覚悟できた者の表現は死を覚悟した者にしかできない。
その部分で軽い嫉妬めいたものを覚えてしまう。

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