October 25, 2004

『父、帰る』

アンドレイ・ズビャギンツェフ。
これが39歳初監督作品だという。
恐るべし。
脚本・演出共に、無駄を削りに削って肉を削ぎ落とし、骨の白さだけを現出させたかのような。台詞も極端に少なく、人の影もほとんどなく、理由付けもせず事実だけをただ描写し説明もせず。それでこれほど絶望的に圧倒的な物語を創ることができるのだと映画の可能性を伝えることのできる力量。

恐るべし。


意気地のなさと頑なさと自意識過剰を伝える次男の演技がそれこそ過剰かとも思いましたが、それはラストシーンにおいて見事に中和されました。中和と言うより昇華でしょうか。ヘミングウェイが自分の次男坊のことを「いかさまな奴だ」と評したのを思い出させるような子供で、10年そこそこしか生きてきていない子供にこんな演技をさせるのも酷だなと感じたのですが、ズビャギンツェフと父親を演じた俳優との信頼関係があったからこそできたのだろうなと最後には納得させられるのです。大人の世界の仕事なのだからと、彼は割り切ることができたのでしょうね。プロフェッショナル。
父親役のコンスタンチン・ラブロネンコは初めて見る役者なのですが、ストイックな容貌とロシア的な底の知れない眼差しの深さが印象的で、タルコフスキーの主人公を思い出させます。その演技は悲壮感と壮絶さを湛え、怖いほど静かに、この作品の基調低音となっています。
昨今の流行らしい「銀残し」というフィルム処理が素晴らしいです。粒子の粗いグレーと濡れたような濃密な黒が全体を締めて鮮やかなコントラストを描きます。そしてそれは冒頭の湖、子供たちがフットボールに高じる廃家に溜まる水、父親と息子たちに降り注ぐ雨(これがもう本当によく降るのです)、島の森の中の緑を濡らす水滴ーーそういう水に、生きた表情を与えることになります。これまたタルコフスキーの『鏡』『ストーカー』『惑星ソラリス』そして『ノスタルジア』を思い起こさせます。雨に濡れる父親は『アンドレイ・ルブリョフ』に他なりません。
あるいはリドリー・スコットの『ブレードランナー』。ルトガー・ハウアー演じるレプリカントの最期、その銀髪から絶えず滴る雨のしずく。
水の記憶、水への回帰と、郷愁。そういった要素をこのフィルム処理が際立たせているように思います。


それでも父親は説明せず。

厳しくはなく粗野でもなく、無駄に父の威厳を示すこともせず自分なりの父親像を意識することさえせず、彼にはただ淡々と息子たちの父親である現実がそこにあるだけなのです。それは逆にふたりの息子には理解できるはずもない「人間存在」の謎と深淵を突きつけることになります。子供たちは謎を謎だと受け止める世界を生きていません。愛を愛だと知るはずもありません。いつだって「どうして?」と発せずにはいられないし、それが説明されないのなら訳の分からない理不尽さの中で憎悪の気持ちを育てるしかないのです。父親はそれでも深い洞窟のような眼差しのまま何も説明しようとはしない。説明する必要がないのだから。息子たちの父親であるという現実がすべてなのだから。現実を説明することの無意味さと愚かさをその眼差しは物語っています。
でも最後に、父と息子という「関係性」において父親がある答えを見いだしたとき、次男のことを「イワン!」と叫ぶのではなく、愛称で「ワーニャ!」と叫んだのが悲痛極まりない。

「父親不在」という永遠のテーマが、だからこそ強烈に浮かび上がってきます。それもロシアの映画だということが象徴的です。もしかしたら、父権なんて言葉はレトリックにしか過ぎないのかもしれませんね。

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