July 09, 2005

"Coin Locker Babies"

コアな村上龍ファンの間ではかなり話題に上っているようですが、来年公開予定のアメリカ映画、だそうです。原作はもちろん村上。Michele Civettaという映画監督は知らない。デビュー作になるのかな。
役者も決定しているようで、

ヴァル・キルマー
浅野忠信
アーシア・アルジェント(ダリオ・アルジェントの娘!)
ヴィンセント・ギャロ
リブ・タイラー
ショーン・レノン
参照

というところ。
案外、浅野が "ガゼル" を演るのかもしれない。ハマりそうな気がする。
ほかの配役は全然イメージが沸いてこないので相当に脚色されているのかもしれないな。
で、僕ならこうするなー、と配役を考えてみた。もっとも、基本的に物語の主人公ハシとキクはティーンエイジャーで、その年齢に相応しい俳優を知るはずもない(笑) 年齢設定を無視して選ぶことにする。
実際のところ、2005年の夏、ハシとキクは33歳になっている。

ハシ=藤原竜也(歌は歌えるのかな。あるいは三上博史)
キク=ガエル・ガルシア・マルケス(あまり足が速そうではないけど)
アネモネ=椎名林檎(演技できそうにないか)
ガゼル=サミュエル・L・ジャクソン(もう少し痩せて欲しいが)
ミスターD=ベニチオ・デル・トロ(ミッキー・ロークもそれっぽい)
ニヴァ=ナスターシャ・キンスキー(ミラ・ジョヴォヴィッチという手もある)
桑山=池乃めだか(ウチの相方の案)
和代=市原悦子

.....濃いな。  

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June 27, 2005

イーストウッド、センチメンタリズム。

タイトルの付け方からしてイーストウッドのセンチメンタリズムあふれる『ミリオンダラー・ベイビー』
まさかこんな結末だとは思ってもみなかった。イーストウッド作品だからある程度のヘヴィーさは覚悟していたけど、ここまでだとはね。
でもまあ、考えてみればこの結末しかないのだろうな。
内容の重さといい撮影の質といい、イニャリトゥの『21g』を思い出してしまう。

生気のみなぎるヒラリー・スワンクの眼差しがいい。いろんな傷を抱える者が集まるジムの中で、彼女の目だけが生への衝動を伝える。それがイーストウッドを、モーガン・フリーマンを動かす。このあたりのつかみが秀逸。物語のラスト30分の衝撃とのコントラストをトム・スターンのざらついた漆黒の陰影に富むカメラが際立たせてはいるけど、それもあくまで淡々としていていい。
礼拝のあとでいつも質問攻めにしてくるイーストウッドを毛嫌いしている道化師的役回りの牧師の設定が、後半に俄然効いてくる。自殺に手を貸してはだめだ、それをしたらキミは二度とこちら側に戻れなくなる、さまよい続けることになると諭しつつ最後に言ったのが「神のことを考えてはいけない。天国と地獄のことも」という台詞だったと思うけど、宗教に関わる者が言うこういう類の台詞は立場上背反するものがありながら、聞く者に救いを残す。だから苦渋の中で、イーストウッドは最後の行為に踏み切ることができたのだろうか。
僕には何の信仰もないけど、信仰のことと純粋に家族愛のことをつらつらと考えてしまう。


....と考えているうちに、ウチの相方に気付かされたのだけど、これはある意味ハッピーエンドだったんですね。驚いた。
イーストウッドらしいといえばいえるか。
というか、それに気付かなかった自分の集中力の無さにも悲しくなるけど(笑)
それにしてもセンチメンタルで濃密な結末。

レモンパイなんて、何年口にしていないだろう。  
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May 29, 2005

『ウィスキー』

フアン・パブロ・レベージャ、パブロ・ストール。 さてと。 この映画をどう解釈すればよいのだろう。あの唐突な結末の先を想像するのにはいろいろな楽しみがある。その解釈は自由。主人公3人の誰かにとってポジティ ヴなのかネガティヴなのかあるいは誰にとっても理不尽なのかそれともマルタは上司ハコボから感謝の気持ちとして貰った金でその弟を追っかけていったという 通俗的でありふれたな結末なのか。 さらにハコボとマルタがどれだけ会社で一緒にやってきていたのかも説明されず、どれだけ親密になれる可能性があったのか、マルタがハコボの弟エルマンに預 けた紙切れには何と書かれていたのか等々、謎は多い。 ペーソスはないけど、とまどいと寛容にあふれている。現実の受け入れ方に対して、諦観がにじむ。人生とはときにそういうものだ、というような。といって別 に彼ら(ハコボとマルタ)がそれを意識しているわけではない。人生のある部分において立ち止まったりなど、彼らはしない。あるがままに、ただ受け入れる。 それが人生だ、でも別の人生もある。エルマンがマルタにプレゼントした靴下のような、ポップな色彩の人生。 でも、そういうことを比較することなど無意味だ、とハコボは恐らく知っている。 カウリスマキを彷彿とさせる映画だったけど(っつうか、この映画のことを知ったときからカウリスマキの匂いぷんぷんでさ笑)、そういう意味ではカウリスマ キ映画の主人公ほど意図的な人生というものはここには存在していない。こぼれる感情にただとまどうばかりでそれを処理する術を知るものはいない。 ラスト、おそらく感情の赴くままに行動したと思えるマルタに、自分が幸福なのか不幸なのか考えてみる際の基準は、多分にない。そんなこと考えてもみないこ とだろう。 物事には存在する理由などないし、結末もないのだ。 ウルグアイという土地の、ぬるくグルーヴィーな空気にどっぷり浸ってしまいました。 今年の映画のベスト候補になるかな。   
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May 28, 2005

パチーノ、『コラテラル』

『コラテラル』について書いたエントリにコメントを頂いた "9minutes" さんのお薦めで、同じマイケル・マンの『インサイダー』を借りて観る。音楽の使い方がそれほど派手ではない。派手ではないけど、センスいいなあと思う。さらにアル・パチーノといい、ラッセル・クロウといい、ほか助演の俳優たちもそうなんだけど、声がいい。むしろそっちの方が音楽になっていたりする。
映像は『21g』を思わせるような柔らかく深い陰影のあるアンダートーン。イニャリトゥのような独特の質感はないが、リアリティがある。実話に基づいているだけに、というだけではない。この、空気を感じさせる透徹した映像美が、マイケル・マンの真骨頂なのか。脚本は巧みだけど、ちょっとたるい。もっと換骨奪胎できると思うのですが。

ジョニー・デップと共演した『フェイク』はなんか相当に疲れた感じで、大丈夫かよパチーノと思ったものですが、この作品では確かにパッションを感じました。クロウの抑えきった、逆に演技過剰が目立ってしまうのとは対照的に、ずっと好感が持てましたね。  
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May 10, 2005

『カウガール・ブルース』

ガス・ヴァン・サント、ユマ・サーマン。 
ケーブルTVで観る。

オカマのロシア貴族を演じたジョン・ハート、圧巻。

ある種、カルト・ロードムービーか。ガスらしいオフ・ビートで、破天荒な脚本は遊び心に富んでいる。ヒッチハイクでニューヨークに出てきたシシー(ユマ)の前をW.S.バロウズが横切る。『ドラッグストア・カウボーイ』からの縁なのだろう。詩的な朗読も彼なのだろうか。いわゆるカットアップやフォールドインの匂いのする文章だけど....とネットで調べてみたら原作者トム・ロビンスのナレーションでした。
マイノリティというか、アウトサイダーに対するガスの愛情ある眼差しはここでも健在。『エレファント』もそうだし。っつうか、『小説家を見つけたら』の異色ぶりが際立つ。まあ、あれもマイノリティを扱ってはいたけど、意外に脚本に集中したんじゃないかと思える作品だったな(笑)

「リバー・フェニックスに捧ぐ」(『マイ・プライベート・アイダホ』関係)と出ていましたが、リバーの妹レインが堂々たる存在感が印象的でした。  
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May 03, 2005

『コーヒー&シガレッツ』

ジム・ジャームッシュ。 c-cigarettes. このタイトルにはデジャブというか、なんか昔観た映画のタイトルだよなあとひっかかるものがあって調べてみたら、既に同じタイトルで86年に撮っていたの ですね。しっかり観てるし(汗) 11本の短篇からなるその1、2作目が86年に公開されていたわけか。何しろこういう脚本らしい脚本もない短篇なので、内容はまったく覚えていません。た だ傑作だったよなあ、というだけで(笑) 『ダウン・バイ・ロー』と一緒に上映されたんじゃなかったっけ。 で、2003年版ですが、うーん、ジャームッシュらしいんだけど、なんかグルーヴ感が足りない。『TWINS』のリー姉弟、『REN?E』のウエイター、 『NO PROBLEM』の二人が表現以前の存在のおかしみをにじませていてヨカッタのだけど、この辺はジャームッシュの真骨頂というものかもしれない。 言葉の、あるいは表情、リアクションで観る者の心をつかむよりは、何気ないやりとりの中での微妙な反復によって。 ウマイね。 最終章『CHAMPAGNE』でのジャネット・ベイカーのソプラノ " I Have Lost Track of the World " は染みいるものがありました。これはクレンペラーの指揮なのでしょうか。帰ってからから探してみたけど持っていないようなので、久しぶりにワルターとフェ リアーの『大地の歌』でも聴いてみますか。   
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April 26, 2005

映画メモ。

ウィスキー』ファン・パブロ・レベージャ/パブロ・ストール。
9ソングス』M.ウィンターボトム、プライマル・スクリーム。
サマリア』キム・ギドク。  
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April 24, 2005

『タッチ・オブ・スパイス』

乳房を含んでくれない赤ん坊のために、母親は乳房に砂糖をまぶす。
冒頭のそんなシーンがこの映画のすべてを語っているような気がする。

料理にはいろんな隠し味がある。主人公ファニスの祖父は、一番大切なのは(目に見えない)塩のさじ加減だ、と諭す。祖父は人生においても然り、と言っているのだろうけど、この、塩、というのが何なのか、僕には分からない。多分、気付いていないだけなのかもしれないが。例えば黒胡椒とかマサラとかシナモンだとかばかり追っかけているような気がしないでもない(笑) サフラン、とかね。
それはそれでいいだろう。知らないことを知って吸収しようとすることは、罪ではない。いつか「塩」が何なのか気付いたとき、後悔とかネガティヴなものを抱えることになるのかもしれないが、何をするにしたって、代償はつきものだろう。
地道に塩だけをきっちり効かして生きていくだけでは多分、豊饒はないと思うし。

ギリシャ映画には疎い。っつうか、アンゲロプロスの作品しか知らない。本国では『タイタニック』に次ぐ興行成績を収めたとかで、日本でいう山田洋次映画的なステイタスを持つ作品か。ちょっと違うような気もするが(笑)
題材的にデンマーク映画の『バベットの晩餐会』的なものを予想していたのだけど、見事に裏切られました。もろに『ニューシネマ・パラダイス』ではないですか。  
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April 22, 2005

『バグダッド・カフェ』

日本ではジャームッシュとかヴェンダース等にはじまるミニシアター系の流行が落ち着いた頃に大ブレイクした映画。15年ぐらいぶりに観る。

パーシー・アドロン映画のキャラクターの中では『ロザリー・ゴーズ・ショッピング』のブラッド・ディヴィスが強烈に印象に残っているけど、この映画でのマリアンネ・ゼーゲブレヒトとCCH・パウンダーもひけをとらない。なんでかわからないけどジョン・セイルズの『ブラザー・フロム・アナザー・プラネット』を思い出させるCCH・パウンダーは、ほんとにグルーヴィーな女優。映画では『硝子の塔』『妹の恋人』にも出ていたらしいが、全然記憶にない。テレビメインで仕事をしているようです。
マリアンネ・ゼーゲブレヒトはもしかして? と思ってフィルモグラフィを見てみたのだけど、ラス・メイヤー映画には出演していないようですね。10年遅かったか。メイヤーは70年代が全盛期のようだし。でももし彼女のことを知っていたら、きっと使っていたはず。あるいはフェリーニが20年遅く世に出ていたら。そんなことを思わせる女優、という形容で彼女のキャラクターをわかってもらえるのか。多分、一部の映画好きには分かってもらえる(笑)

黄色い給水塔をくるくる巡って飛ぶブーメランが、この映画を象徴している。パーシー・アドロンのこの着眼点には恐れ入る。
"calling you" がこの映画のための書き下ろしだったのがどうか、それは知らない。とにかくこの映画で聴いたのが初めてだったけど、ひどく印象に残った曲。
息子のサルが弾いていたバッハは、何という曲だったのだろう。  
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March 21, 2005

『運命を分けたザイル』

この話は以前聞いたことがあったけど、結末までは覚えてなかった。いや、その時結末まで押さえていたかどうかさえ定かではない。なにしろ20年近く前の実話だ。

運命を分けたザイル。ペルーのシラウ・グランデの頂を極めて下山途中、サイモンのパートナー、ジョーは大腿部を骨折負傷。ザイルを頼りサイモンがジョーをに懸垂下降している最中、ジョーは氷壁を滑降し、宙吊りになる。その下はクレバスだ。吹雪の中でジョーの声はサイモンに届かない。
サイモンにはジョーがどういう状況にあるのか知りようがない。ジョーからの合図を待ちながら吹雪のただ中、自分の足場も悪くなり始めたことに危険を感じ、1時間半待ったあとで、二人もろとも死に行くよりはとザックからナイフを取り出し、ザイルを切断する。

冒頭から、本人らがインタビューに登場してきたのでびっくりした。
ということは結末として、二人とも生還できたというわけだ。
実のところはジョーがこの時のことを本に書いて(14ヶ国で翻訳)、それが映画化されたわけなのだが、その経緯のことはまったく知らなかった。
多分、知っていても、この映画の凄味には度肝を抜かれる。観ている間中、身体のどこかしらに力がはいっている自分に気づく。息つくいとまがない。握っていた拳を開くと汗がにじんでいたなんて、大人になってからは記憶にない(笑)

クレバス内部を始め、雪山のシーンは全てロケ。偉容シラウ・グランデの美しさは、恐怖でしかない。
絶望的なほど意志の強いジョーの思考回路と行動力には呆然とするしかない。パニックに陥っていない限り、ときには人間的な涙を見せたりもしたが、超人的な集中力と体力でクレバスの向こう側に出てしまう。そこからがまた地獄の道程で、あまりの渇きに水の流れる幻聴を聞いたりとかするけど、結局はキャンプに辿り着く。バカじゃねえのかコイツは....の後が続かないタフさ。
ロケについても、当事者の行程についても、渾身の、という形容以外、他に言いようがない。

ヘルツォークの『彼方へ』(1991年)という、これも南米のパタゴニアを舞台にした傑作映画があったけど、もう一度、観たくなった。  
Posted by kiku999 at 23:39TrackBack(6)